あえて外注しない?家事の「手触り感」について考える

こんにちは。Kaziプロジェクトの二戸です。コロコロ変わる天気に対応するのも大変ですね…。朝晩の気温も少しずつ下がってきて、体調管理も難しいです。

今回は「外注する家事と自分でやる家事」について考えてみたいと思います。

皆さんは、お掃除ロボットや食洗機、スマートスピーカーなどを利用していますでしょうか?あるいは、家事代行サービスを活用している方もいると思います。

当団体でも、外注サービスや便利家電の活用を提案してきました。活用することによって心の余裕が生まれたり、家族と対話する時間をつくるきっかけになるかもしれないと考えています。

ではここで、あえて「自分でやる家事」について考えてみたいと思います。外注サービスのメリット・デメリットは一旦脇に置き、家事を自分でやるという行為にはどんな効能があるのでしょうか?

外注しない?成功者たち

真偽の程はわかりませんが、Amazonの創業者ジェフ・ベゾス氏、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏は「皿洗い」が趣味だそうです。皿洗いと言えば、できればやりたくない家事としてもランキング上位に位置していますよね。

もちろん、雲の上人の方と単純に比較できるものではありませんが、おそらく自分でやる必要のない家事を、あえて自分でやっていることにもなんらかの意味はありそうです。

なぜ自分でやるのか?

機械やAIが発達している現代において、わざわざ自分の手で行うことを大事にしている場面はいくつもあります。料理もそうですよね。レンチンでサッとつくれる料理もあれば、自分でイチから作るのが好きな人もいます。最近テレビで観たのですが、ホットケーキミックスの粉は、本当は卵を加える工程を省くことができるのに、あえて、作る人が後から卵や牛乳を入れて完成するよう開発されたそうです。

一言でいえば、作る人の「手間を増やした」ということですね。そんなことをして何の意味があるのかといえば、「自分で作った感」だったり、「手抜き感の解消」に繋がるのだと思います。

自分で作るから美味しい

たとえば、カップラーメンを食卓にポンッと出すのは罪悪感を抱くけど、インスタントラーメンを茹でて、具材を切って作るという工程が発生すると罪悪感が少なくなる、みたいな場面と似ているかと思います。そしてなにより、自分で手を加えたという事実は、料理を美味しく(感じる)してくれます。

あまりにも効率化しすぎた生活は、「暮らしている手触り感」が失われ、無機質で味気ない状況に近づいてしまうのかもしれません。

効率化の中に「手触り感」を取り戻す

もちろん、心身が疲弊しているときにわざわざ自分でつくったり、自分で皿を洗う必要もないと思います。度々言っているように、しんどいときは、外注サービスや便利な家電、サッと食べられる食品を活用して、心身を休めることが最優先だと思います。

そして、余裕が生まれた際に、自分の手で料理をつくってみたり、皿を洗うなどをしてみることで、効率化された毎日の中にも、ちゃんと「手触り感」を取り戻すことができるのだと思います。すべてを機械まかせにするのではなく、自分でやってみることで得られる意味・価値もありそうですよね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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