男性にとっての「ケアする・される」とは?

こんにちは。Kaziプロジェクトの二戸です。セミが元気に鳴いていると、いかにも夏!って感じがしますよね。体調管理には気をつけつつ、せっかくの夏らしさも楽しめたらいいなと思っております。

さて今回は、最近読んだ「抱え込む男たち (朝日新書)著:奥田祥子」という本の内容を紹介しつつ、男性の「ケア」について考えてみたいと思います。

「ケア労働」という言葉をはじめ、「ケア」という言葉に触れる機会は、年々増えているように感じます。今回紹介する本の副題には、「ケアで読み解く生きづらさの正体」とありました。また、本の帯には「1500人取材が映す ケアなき砂漠を生きる男たちの肖像」という文言も。

著者である奥田祥子さん自身、母親の介護経験を通じてケアという概念に強い関心を持ち、ジャーナリストとしてさまざまな人に取材、研究を進めてきたそうです。では、さっそく本の内容に触れながら、男性にとっての「ケア」について考えてみましょう。

男性が抱え込んでしまう理由とは?

まずは冒頭、下記のような問題提示から始まります。

男性は怒りや不安、悲しみなどのネガティブな感情も、職場や家庭・私生活で起きる深刻な問題も、すべて抱え込んでしまっている。

男性を苦しめるこうした関係性の「檻」ともいえる状況は、どこからくるのであろうか。

それは男性が他者はもちろん、自分に対しても「ケアする」ことに不慣れで、「ケアされる」こともないがしろにしてきたことに起因している。 抱え込む男たち P3〜4

男性が感じている生きづらさの要因として、「ケアする」「ケアされる」ことに不慣れであることが挙げられています。

平たくいえば、自分を大切にすることも、他者から助けられたり、素直に頼ることも慣れていない、ということかなと。

では、そもそもなぜそのような要因が挙がるのでしょうか。

男性は感情よりも問題解決や原因究明を重視し、権力や競争に価値を求めるため、命令する上司とそれに従う部下の関係性を自明の理と捉える傾向にあるといえるだろう。

ケアを実践するうえで非常に重要な感情、共感などの要素をないがしろにし、権力や競争を重視するという男性に特徴的な価値観が、男性自身がケア力を育むことを阻んでいるともいえる。 抱え込む男たち P78

上記の文言を読むと、ケア力の欠如が単純に性差による原因かのように感じますが、そこまでシンプルなものでもないと思います。鵜呑みにするのではなく、あくまで「傾向」の話であることには注意が必要ですね。

僕自身の傾向に引きつけて言うならば、正直いって権力や競争に価値を感じるどころか、むしろ距離を置きたいと感じるタイプです。口喧嘩もしたくないし、権力闘争なんて聞くだけで嫌気が差してしまいます。

また、ケア力不足の要因の一つとして、下記のような調査結果では、「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)」というのが、いかに強い影響を及ぼしているのかが見て取れますね。

出典:経団連「『男性の家事・育児』に関するアンケート調査結果」」

ケアを「自分事」として捉えてみる

そこで著者は、「ケアを「自分事」として捉える」ことが重要だと主張しています。

男性がケアし、ケアされることを「自分事」として捉え、相手に気遣いや思いやりなどの情緒的ケアと、育児や介護などの身体的ケアを与えるとともに、自らに対してもケアし、自分を大切にすること。

そして、ケアの受け手としても、他者から気にかけてもらい、助けられてきたことを自覚して受容し、相手への無自覚な依存から脱却することが求められている。 抱え込む男たち P228

上記には、「自分事」というキーワードが出てきました。我々団体のキャッチコピーでもある「家事を「家族事」に」にも、通ずる部分があるかと思います。

家族においても、自分のことにおいても、まずは自分がその立場の当事者であることを自覚し、相手の立場を想像してみること。そのような視点の切り替えをもってして初めて、自分事のように考え、行動に移せるのかなと。

もちろん、言葉で言うのは簡単ですが、実際に行動に移すことは簡単ではありません。そこで重要なのは、他者の多様なケースを知ることではないかと思います。

多様なケースを知ることで、想像・視点の切り替えに繋げる

「抱え込む男たち」には、様々な境遇に置かれ、苦悩した男性たちのリアルな声が掲載されています。

一部を紹介すると、

・自分が過去にパワハラを受けながらも、いざ自分が昇進すると、今度は部下に無自覚のままパワハラをおこなってしまったケース。
・「良き夫」であろうと頑張るほど、妻子との距離が開いてしまい、自分の至らなさを痛感させられたケース。

その他にも、育児休暇取得によるパタハラに苦しむ男性や、介護離職によって社会的孤立に追い込まれた男性の事例が紹介されています。

上記のような様々なケースに触れることで、「いざ自分がその立場になったら?」と、想像することが可能になり、「自分事」として捉えるためのきっかけになるのではと感じています。

「当たり前」の変化の兆し

先日、令和7年度雇用均等基本調査において、男性の育児休業取得率が「50・9%」となったことが話題になりましたよね。

出典:厚生労働省 令和7年度雇用均等基本調査

自分を「ケアする」という視点を持つ

今回、「抱え込む男たち」という本の内容に触れつつ、男性の「ケア」について考えてみました。

まだまだ「無意識の思い込み」が根強く残ってはいるものの、育休取得率の増加をはじめ、徐々に「それが当たり前だよね」という空気感は醸成されつつあるのかなと思います。

他者を思いやることはもちろん重要ですが、だからといって自分を犠牲にするのではなく、自分を「ケアする」という視点は忘れないようにしたいですね。

それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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